9-6-3 NDAと知的財産の帰属 秘密と権利の取り決め

AI開発を外部に委託するとき、発注者は受託者に大切なものを二つ預けます。
一つは秘密情報——自社の技術・データ・ビジネス戦略。
もう一つは権利——開発したAIシステムや学習データの所有権。
「誰が秘密を守るのか」「誰が権利を持つのか」——この二つを契約で明確にしておかないと、後から深刻なトラブルに発展することがあります。
この章では、AI開発委託契約において特に重要な、NDAと知的財産の帰属を見ていきます。

NDAとは何か

NDA(Non-Disclosure Agreement:秘密保持契約)とは、契約当事者が相手方から開示された秘密情報を第三者に漏らさないことを約束する契約です。

AI開発の委託では、発注者は受託者に対して様々な秘密情報を開示する必要があります。
自社の顧客データ、業務プロセス、技術的なノウハウ、ビジネス戦略——これらはすべて、競合他社に知られてはいけない情報です。
NDAは、こうした情報を安全に開示するための「秘密の約束」です。

NDAで定める主な事項

NDAに盛り込むべき主な事項を見ていきましょう。

①秘密情報の定義——何が「秘密情報」にあたるかを明確にします。「書面で秘密と明示した情報」だけを対象にするのか、「口頭で伝えた情報も含む」のか——範囲があいまいだと、後から「あの情報は秘密だったのか」というトラブルが起きることがあります。

②秘密保持義務の内容——秘密情報を第三者に開示してはいけない、目的外に使用してはいけない——といった義務の内容を定めます。

③秘密保持義務の期間——契約終了後も秘密保持義務が続くかどうか、続く場合は何年間かを定めます。AI開発の場合、契約終了後も一定期間(3〜5年程度)の秘密保持義務を設けることが多いです。

④例外事項——すでに公知の情報、自ら独自に開発した情報、法令に基づき開示が必要な情報——これらはNDAの対象外とすることが一般的です。

⑤違反時のペナルティ——NDAに違反した場合の損害賠償責任を定めます。

AI開発におけるNDA

AI開発では、NDAが特に重要な役割を果たします。

学習データの機密性——発注者が提供する学習データには、顧客情報・販売データ・製造ノウハウなど、極めて機密性の高い情報が含まれることがあります。このデータが競合他社に漏れれば、ビジネス上の深刻な損害につながります。

開発過程での情報共有——AI開発では、受託者が発注者のビジネスプロセスや課題を深く理解する必要があります。その過程で、発注者の内部情報が受託者に開示されます。NDAがなければ、受託者がその情報を競合他社のプロジェクトに使う可能性があります。

モデルの流用リスク——受託者が開発したAIモデルや学習したノウハウを、他の顧客のプロジェクトに流用するリスクがあります。NDAと合わせて、モデルの利用制限を契約に盛り込むことが重要です。

知的財産の帰属

AI開発委託契約で最も重要な論点の一つが、知的財産の帰属——開発したAIシステムや学習データの権利が誰のものになるかという問題です。

AI開発で生まれる知的財産には、主に以下のものがあります。

①学習済みモデル——AIの学習によって生成されたモデルの重み(パラメータ)
②学習データ——AIの学習に使われたデータセット
③プログラムコード——AIシステムを動かすためのプログラム
④ノウハウ——開発過程で生まれた技術的な知見

これらの権利は、契約で明確に定めておかなければ、後から「このモデルは誰のものか」というトラブルが起きることがあります。

知的財産の帰属パターン

知的財産の帰属には、大きく三つのパターンがあります。

①発注者帰属——開発したAIシステムの権利をすべて発注者に帰属させるパターン。
発注者がAIを独占的に使えますが、受託者は同様の技術を他のプロジェクトに使えなくなる可能性があります。

②受託者帰属——開発したAIシステムの権利を受託者に帰属させ、発注者にはライセンスとして使用権を与えるパターンです。
「お金を払って作らせたのに、なぜ受託者のものになるの?」と思うかもしれません。しかし具体的な場面を考えると、このパターンが自然なこともあります。
たとえばAI開発会社(受託者)が「画像認識の基本技術」という独自のノウハウを持っているとします。その技術を使って、食品会社(発注者)向けに「不良品検出AI」を作った場合——食品会社が欲しいのは「不良品を検出できるAIが使えること」であり、AI会社が守りたいのは「自社の画像認識の基本技術」です。
受託者帰属にすることで、AI会社は自社の技術を守りながら、食品会社には「使う権利(ライセンス)」を与えることができます。さらにAI会社は同じ技術を別の会社——たとえば自動車会社の不良品検出——にも展開できます。
「技術は受託者のもの、でも発注者は使える」——受託者の既存技術の上に作られたAIの場合、受託者帰属は発注者・受託者双方にとって合理的な選択になることがあります。
ただし発注者としては、ライセンスの条件(いつまで使えるか、どんな目的で使えるかなど)を契約で明確にしておくことが重要です。

③共有——発注者と受託者が権利を共有するパターン。
一見公平に見えますが、共有の場合は「共有者全員の同意なく第三者にライセンスできない」といった制約が生じることがあります。

AI・データの利用に関する契約ガイドラインは、学習済みモデルの権利について「発注者と受託者が協議して決める」ことを推奨しています。
どのパターンが適切かは、発注者と受託者それぞれの立場・目的によって異なります。

学習データの権利

学習データの権利は、モデルの権利とは別に考える必要があります。
発注者が提供した学習データは、原則として発注者のものです。受託者がそのデータを他のプロジェクトに使うことは、NDAや契約で禁止されることが一般的です。

一方、受託者がデータの収集・加工に大きく関与した場合——たとえば受託者がウェブ上からデータを収集してアノテーションを行った場合——そのデータの権利関係は複雑になります。
誰がどのデータに対してどんな権利を持つかを、契約で明確にしておくことが重要です。

まとめ

NDA(Non-Disclosure Agreement) → 秘密保持契約。契約当事者が相手方から開示された秘密情報を第三者に漏らさないことを約束する契約。AI開発委託では学習データや技術情報の保護に重要
知的財産の帰属 → 開発したAIシステム・学習データ・プログラムコードなどの権利が誰のものになるかを定めること。発注者帰属・受託者帰属・共有の三パターンがある
発注者帰属 → 開発したAIシステムの権利をすべて発注者に帰属させるパターン。発注者が独占的に使える
受託者帰属 → 開発したAIシステムの権利を受託者に帰属させ、発注者にはライセンスとして使用権を与えるパターン

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