9-3-3 職務発明とは何か 発明者と会社の権利関係

会社員が仕事中に新しい技術を発明した。その特許は誰のものでしょうか。

「発明したのは自分だから、自分のもの」と思いたいところですが、現実はそう単純ではありません。会社の設備を使い、会社の費用で研究して生まれた発明——それを完全に個人のものにすることは、企業の研究開発への投資意欲を損なう可能性があります。かといって、すべてを会社のものにすることは、発明者の努力への不当な扱いにもなりかねません。

職務発明の制度は、この「発明者の権利」と「会社の利益」のバランスをどう取るかという問いへの、法律の答えです。

職務発明とは何か

職務発明とは、従業員が職務上行った発明のことです。
具体的には、以下の条件をすべて満たす発明です。

①従業員が行った発明であること——会社員・研究員など、会社に雇用されている人が行った発明です。
②会社の業務範囲に属する発明であること——会社の事業に関連する分野の発明である必要があります。食品会社の研究員が食品加工技術を発明した場合は職務発明ですが、趣味でまったく別の分野の発明をした場合は職務発明にはなりません。
③従業員の現在または過去の職務に属する発明であること——現在担当している業務だけでなく、過去に担当していた業務に関連する発明も含まれます。

発明者とは何か

発明者(はつめいしゃ)とは、発明を実際に行った人のことです。
特許法において、発明者は自然人(人間)でなければなりません
法人(会社)はもちろん、AIも発明者にはなれません。

なぜ発明者は人間でなければならないのでしょうか。
特許法の根底にある考え方に戻ると、その理由が見えてきます。特許制度は「発明した人への正当な報酬」を保障することで、技術革新を促進するために生まれました。
報酬を受け取り、インセンティブを持つのは人間だけ——だからこそ、発明者は人間でなければならないのです。

AIが高度な発明を生み出せるようになった現代、この原則は新しい問いに直面しています。
AIが自律的に新しいアルゴリズムや化合物を「発見」した場合——そこに人間の発明者は存在するのでしょうか。

現時点の法律の答えはこうです。AIを使った発明であっても、AIを開発・運用した人間が創作的に関与していれば、その人間が発明者として特許を取れます。「AIはあくまで道具であり、道具を使って発明したのは人間だ」という考え方です。

しかし「AIが完全に自律的に生み出した発明」——人間がほとんど関与していない場合——は、発明者となる人間が存在しないため、現行法では特許を取れません。
著作権の章で見た「AIが生成したコンテンツに著作権は生まれるか」という問いと、まったく同じ構造の問いがここでも現れています。
「創造の主体は誰か」——AIが問い続けるこの問いに、法律はまだ完全な答えを出せていません。

職務発明の権利は誰のもの

職務発明の権利関係は、2015年の特許法改正によって大きく変わりました。

改正前——職務発明の特許を受ける権利は、原則として発明者(従業員)に帰属していました。会社が特許を取るためには、従業員から特許を受ける権利を譲り受ける必要がありました。

改正後——会社があらかじめ「職務発明の特許を受ける権利は会社に帰属する」と契約や就業規則で定めていれば、特許を受ける権利は最初から会社に帰属します。

現在の多くの企業では、就業規則や雇用契約に「職務発明の権利は会社に帰属する」という条項が盛り込まれています。
つまり会社員が職務上で発明をした場合、その特許権は原則として会社のものになります。

発明者に残る権利

では職務発明をした従業員には、何も残らないのでしょうか。
そうではありません。特許法は、職務発明をした従業員に「相当の利益を受ける権利」を保障しています。

会社が職務発明の特許を取得・活用して利益を得た場合、発明者である従業員はその利益に応じた「相当の利益」——金銭や金銭以外の経済的な利益——を受ける権利があります。

「相当の利益」の内容は、会社と従業員の間の協議・就業規則・発明補償規程などによって決まります。特許から会社が得た利益の大きさ、発明者の貢献度、会社が発明に貢献した程度——これらを考慮して決定されます。

過去には、青色LEDの発明をめぐって発明者と会社の間で大きな訴訟が起きました。
発明者の中村修二氏が、会社に多大な利益をもたらした発明に対して十分な報酬を得られなかったとして訴訟を起こし、大きな注目を集めました。
この訴訟は、職務発明における「相当の利益」のあり方を社会に問いかけた出来事として、特許法の歴史に刻まれています。

AIとの関係での注意点

AIの開発・研究の場面では、職務発明の概念が特に重要になります。

AIエンジニアやデータサイエンティストが業務として新しいアルゴリズムや学習手法を開発した場合——それは職務発明にあたる可能性があります。就業規則に「職務発明の権利は会社に帰属する」と定められていれば、そのアルゴリズムの特許権は会社のものになります。

副業や個人プロジェクトとして開発した場合でも、業務内容と関連性が高ければ職務発明と判断されることがあります。
「業務時間外に開発したから自分のもの」とは必ずしも言えない点に注意が必要です。

まとめ

職務発明 → 従業員が職務上行った発明。会社の業務範囲に属し、従業員の現在または過去の職務に属する発明が該当する
発明者 → 発明を実際に行った自然人(人間)。AIは発明者として認められない
相当の利益を受ける権利 → 職務発明をした従業員が、会社が特許を取得・活用して得た利益に応じた利益を受ける権利。金銭的な報酬などの形で保障される

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