前のページでAI開発の三つのフェーズと、請負契約・準委任契約の違いを見ました。
この章では、各フェーズで実際にどんな契約を結ぶべきか、そして各フェーズに特有の注意点を見ていきます。
PoCフェーズの契約
PoC(Proof of Concept:概念実証)フェーズは、「このAIは本当に作れるのか」を小規模に検証する段階です。まだ本格的な開発には入っておらず、可能性を探っている段階です。
イメージとしては「本番より小さい規模でのお試し実験」です。
たとえば工場の不良品検出AIを開発したい場合——PoCでは手元にある100枚の不良品画像だけで簡単なモデルを作って精度を確認します。「この方向性でいけそうか」を小さく試してみる。本格開発では1万枚のデータを集めて本番システムに組み込めるモデルを作る——PoCはその前の「お試し」の段階です。本格的なシステムは作らない、データも少量で試す、「いけそうか」を確かめるための実験——それがPoCです。
PoCフェーズに適した契約は、準委任契約です。
なぜでしょうか。PoCの目的は「可能性の検証」であり、「成果物の完成」ではありません。「精度80%のモデルを作る」という結果を約束できる段階ではなく、「どのくらいの精度が出るかを調べる」という業務を行う段階です。結果を約束できない以上、準委任契約が自然な選択になります。
PoCフェーズの契約で特に注意すべき点が二つあります。
①PoCの成功・失敗の定義を明確にする——「どういう結果が出たらPoCは成功か」を契約に明記しておくことが重要です。あいまいなまま進めると、「PoCは成功した(失敗した)」という認識が発注者と受託者でずれてしまうことがあります。
②PoC止まりにならない設計をする——PoCが成功した後、本格開発に移行する条件や手続きをあらかじめ契約に盛り込んでおくことで、PoC止まりのリスクを減らせます。
開発フェーズの契約
PoCで可能性が確認できたら、本格的な開発フェーズに入ります。
データの収集・加工、モデルの学習・評価、システムへの組み込み——このフェーズが、AI開発の中核です。
開発フェーズでは、準委任契約と請負契約を組み合わせることが多くなります。
モデルの学習・評価のような不確実性が高い部分は準委任契約で、システムへの組み込みのような成果物が明確な部分は請負契約で——という形で、フェーズの中でもさらに細かく契約を使い分けることがあります。
開発フェーズで特に重要な論点が、精度保証です。
精度保証とは何か
精度保証(せいどほしょう)とは、AIモデルが一定の精度を達成することを保証することです。
「精度90%を保証してください」——発注者としては当然の要求に見えます。しかしAI開発において、精度の保証は非常に難しい問題です。
まず、精度はデータに依存します。学習データの質・量・偏りによって、同じアルゴリズムでも精度が大きく変わります。発注者が提供するデータが不十分であれば、どれだけ優秀な開発者でも目標精度を達成できないことがあります。
次に、「精度」の定義が難しい。正解率(Accuracy)なのか、適合率(Precision)なのか、再現率(Recall)なのか——何を「精度」と呼ぶかによって、同じモデルでも数値が大きく変わります。▶精度指標
このため、AI・データの利用に関する契約ガイドラインは「AIの開発委託契約において、精度保証を行うことは原則として困難」と指摘しています。
精度保証を契約に盛り込む場合は——精度の定義を明確にする、評価用データセットを合意しておく、精度未達の場合の責任範囲を明確にする——といった工夫が必要です。
保守フェーズの契約
AIシステムが完成してリリースされたら、運用・保守フェーズに入ります。
保守フェーズでは保守契約を結びます。
AIの保守は、通常のソフトウェアの保守と異なる特徴があります。
通常のソフトウェアは、バグを修正すれば基本的に同じ動作が続きます。しかしAIモデルは、時間の経過とともに精度が低下することがあります——前の章で見たデータドリフトの問題です。
保守契約で特に重要なポイントを見ていきましょう。
①モデルの監視・再学習の範囲——精度の監視をどこまで行うか、精度が低下した場合に再学習を行うかどうかを明確にしておく必要があります。
②再学習に必要なデータの調達——モデルを再学習させるためには、新しいデータが必要です。そのデータを誰が、どのように調達するかを契約に定めておくことが重要です。
③精度低下時の責任範囲——データドリフトによって精度が低下した場合、それは受託者の責任なのか、それとも環境の変化による不可抗力なのか——この線引きを明確にしておくことで、後のトラブルを防げます。
フェーズごとの契約をまとめる

まとめ
PoC(Proof of Concept) → 本格開発の前に技術的な可能性とビジネス価値を小規模に検証するフェーズ。準委任契約が適している
精度保証 → AIモデルが一定の精度を達成することを保証すること。データへの依存性・精度の定義の難しさから、原則として保証は困難とされている
保守契約 → AIシステムのリリース後の運用・保守を定めた契約。モデルの監視・再学習の範囲・データドリフトへの対応などを明確にする必要がある
データドリフト → 時間の経過とともに入力データの分布が変化し、モデルの精度が低下する現象。保守フェーズの重要な論点
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