エキスパートシステムとは、人間の専門知識をルールとして蓄え、それをもとにAIが判断や助言を行う仕組みです。
代表的なエキスパートシステム
DENDRAL
化学分野で使われた、初期のエキスパートシステムの代表例。
質量分析データから、有機化合物の分子構造を推定するなど、専門家の推論ルールをAIに組み込んで成果を出しました。
「エキスパートシステムは実用になる」と示した、歴史的な存在です。
MYCIN
医療分野(細菌感染症)で診断と治療方針を助言したエキスパートシステム。
大量の「もし〜なら〜」ルールを使って判断し、専門医に近い精度を出したことで有名になりました。
第二次AIブームを象徴するシステムです。
PIP
病理診断を支援するために作られた医療系エキスパートシステム。
患者データをもとに病気の可能性を推論し、診断の補助を行いました。特に、腎臓の病気の診断支援システムが有名。
MYCINと同じく、医療分野での実用化を目指した例です。
CASNET
病気の原因と症状の関係を因果ネットワークとして表現した医療向けエキスパートシステム。
特に、緑内障の診断支援システムが有名。
「なぜそうなるのか」という流れを構造化して扱えるのが特徴で、単なるルールだけでなく、病気の仕組みをモデル化しようとしました。
Cycプロジェクト
エキスパートシステムは、専門家の知識をAIに渡すことで、医療や化学の世界で「それらしい判断」ができるようになりました。
でも、あるところで、人々は思い始めます。
「専門知識だけじゃ足りない。AIには、『常識』がない……」
たとえば、「水は濡れる」「机は普通、床の上にある」「人はドアをすり抜けない」。
こういう、あまりにも当たり前すぎて、誰もわざわざ説明しない知識。
人間は、これを無意識に使って生きています。
でもAIは、知りません。
そこで立ち上がった、とても野心的な計画。
Cyc(サイク)プロジェクト。
目標はただひとつ。人間の常識を、できるだけ全部、AIに入れる。
Cycでは、物事の分類、因果関係、日常の前提……「普通はこうなる」という感覚を、ひとつひとつ文章やルールにして登録していきました。何十万、何百万という知識。世界を、丸ごとデータベースにしようとしました。
エキスパートシステムが「化学の専門家」「医療の専門家」を目指していたのに対して、Cycは、「普通の人間」を作ろうとしたのです。
これは、次元の違う挑戦でした。
ゆえにまた、立ちはだかる壁も次元の違うもの。
常識は、無限にある。状況で変わる。文化で違う。言葉にできないものも多い。どれだけ入力しても、終わらない……。
それでも、この挑戦は無駄じゃありませんでした
Cycは、知識表現、オントロジー、常識推論といった分野に、大きな影響を残しました。
そしてその思想は、実用重視のワトソンや、知識をつなぐセマンティックウェブの流れにも、つながっていきます。
Cycプロジェクトは、人間の常識を大量にAIへ登録しようとした野心的な試みで、その途方もなさから、現在も未完成のシステムとなっているのです。