「秘密にして守る」——前の章で見た営業秘密による保護。しかし秘密は、盗まれることがあります。
元従業員が競合他社に技術情報を持ち出す、取引先が秘密情報を漏洩する、不正なアクセスで情報を盗み出す——こうした「不正な競争行為」から企業を守るための法律が、不正競争防止法です。
特許法が「発明を公開して独占権を得る」仕組みであるのに対して、不正競争防止法は「秘密として守る情報を、不正な手段から保護する」仕組みです。
この章では、不正競争防止法が守る二つの重要な概念——営業秘密と限定提供データ——を見ていきます。
不正競争防止法とは何か
不正競争防止法とは、事業者間の公正な競争を妨げる行為を規制し、事業者の利益を保護するための法律です。
営業秘密の不正取得・使用・開示、限定提供データの不正取得・使用・開示、他社の商品と混同させる行為など、様々な「不正な競争行為」を禁止しています。
特許権との最大の違いは、前の章で見た通りです——特許権は「公開して独占する」、不正競争防止法は「秘密にして守る」。この章ではその「秘密にして守る」仕組みの詳細を見ていきます。
営業秘密とは何か
営業秘密として不正競争防止法の保護を受けるためには、以下の三つの要件をすべて満たす必要があります。この三つは試験でもよく問われる重要ポイントです。
①秘密管理性——秘密として管理されていること
情報が「秘密である」と認識できる状態で管理されていることが必要です。具体的には——アクセス権限の設定(一部の従業員しか閲覧できない)、秘密保持契約(NDA)の締結、「マル秘」「Confidential」などの表示——こうした管理措置が求められます。
「なんとなく社外に出さないようにしていた」だけでは不十分です。客観的に「秘密として管理されている」と認められる措置が必要です。
AIの開発では、学習データ・モデルの重み・独自のアルゴリズムを営業秘密として守りたい場合、アクセス制限やNDAなどの管理措置をきちんと整えておくことが重要です。
②有用性——事業活動に有用な情報であること
その情報が事業活動に役立つものであることが必要です。製品の製造方法、顧客リスト、販売戦略、AIの学習データ——これらは有用性を持つ情報といえます。
有用性の要件は比較的緩やかに解釈されており、現在は使っていない技術情報でも、将来的に有用性があれば要件を満たすとされています。また、失敗した実験データも「この方法ではうまくいかない」という情報として有用性を持つ場合があります。
③非公知性——公然と知られていないこと
その情報が、保有者の管理外では一般に知られていないことが必要です。
特許のように「世の中に知られていないこと」という厳格な新規性ではなく、「一般に入手できない状態」であれば足ります。
同業他社の多くが知っている情報や、すでに公開された論文・特許に記載されている情報は、非公知性を満たしません。
限定提供データとは何か
限定提供データとは、2018年の不正競争防止法改正で新たに設けられた保護対象です。
営業秘密が「秘密として管理する情報」であるのに対して、限定提供データは「特定の相手に限定して提供するデータ」を保護する概念です。
たとえば——複数の企業がデータを持ち寄って共同でAIを開発するとき、「このデータは参加企業だけが使える」という形で限定的に共有する場合があります。このようなデータは「秘密」ではないけれど、誰でも自由に使えるわけでもない——そういった「限定的に共有されるデータ」を守るために生まれた概念です。
限定提供データとして保護されるための要件は三つです。
①限定提供性——特定の者に提供するための情報であること
②電磁的管理性——電磁的方法によって管理されていること
IDとパスワードによるアクセス制限、暗号化、デジタルの利用許諾契約——こういった電子的・デジタルな管理手段によって、「誰がアクセスできるか」をコントロールしていることが必要です。
ここで重要なのは、「電磁的」という言葉が示す通り、紙で管理しているデータは限定提供データとして保護されないという点です。紙の書類は営業秘密として保護できる場合がありますが、限定提供データとしては保護されません。
なぜ「電磁的」に限定しているのでしょうか。限定提供データは、主にビッグデータや機械学習の学習データのような大量のデジタルデータを想定して作られた概念だからです。AIの共同開発で共有されるデータセットは、当然デジタルで管理されています。その現実に合わせた要件といえます。
③相当蓄積性——相当量蓄積されたデータであること
「相当量」とは、具体的な数値基準があるわけではありません。「データの量・質が、それ自体として経済的な価値を持つ程度に蓄積されていること」が求められます。
たとえば何百万件もの購買履歴データ、何年分もの気象データ、大量の画像・テキストの学習データセット——これらは相当蓄積性を満たすと考えられます。一方、数件のアンケート結果や一日分のアクセスログでは、相当蓄積性を満たさないと判断される可能性があります。
なぜ「相当量」の蓄積が必要なのでしょうか。電磁的管理性と同様、限定提供データはビッグデータを想定して作られた概念だからです。少量のデータをわざわざ保護する必要はなく、「大量に蓄積されているからこそ価値があるデータ」を守ることが目的です。
データの量と質が積み重なることで生まれる経済的な価値——それが限定提供データの保護の核心にあります。
営業秘密と限定提供データの違い
この二つの概念、どう使い分けるのでしょうか。対比してみましょう。

一言でまとめると——
営業秘密 → 「誰にも見せたくない情報」を守る
限定提供データ → 「特定の人だけに見せる情報」を守る
AIの共同開発やデータ連携が増える中で、限定提供データの概念はますます重要になっています。
複数の企業がデータを持ち寄ってAIを学習させる場面では、参加企業以外への漏洩を防ぐために、限定提供データとしての管理が有効です。
まとめ
不正競争防止法 → 事業者間の公正な競争を妨げる行為を規制し、事業者の利益を保護する法律。営業秘密・限定提供データの保護が、AI開発の文脈で特に重要
営業秘密 → 不正競争防止法が保護する、秘密として管理された情報。秘密管理性・有用性・非公知性の三要件を満たす必要がある
秘密管理性 → 営業秘密の要件①。情報が客観的に秘密として管理されていること。アクセス制限・NDA・「マル秘」表示などの管理措置が必要
有用性 → 営業秘密の要件②。事業活動に役立つ情報であること。失敗した実験データも有用性を持つ場合がある
非公知性 → 営業秘密の要件③。一般に入手できない状態であること
限定提供データ → 特定の相手に限定して提供するデータを保護する概念。2018年の不正競争防止法改正で新設。限定提供性・電磁的管理性・相当蓄積性の三要件を満たす必要がある
NDA(秘密保持契約) → 秘密情報を開示する際に、受け取った側が秘密を守ることを約束する契約。営業秘密の秘密管理性を示す重要な手段
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